いま思えば最初に行ったサロンがハズレだった。
いろいろ言い訳はあるが、そのサロンを選んだぼくらが完全な失敗だった。
「行きたいところ」ではなく「行けるところ」を選んだのが完全な間違いだったと思う。当時は産後間もなかったので、体力的に赤ん坊を連れて遠出をするのは妻がしんどそうだったので、つい近場の行きやすいところを選んでしまった。あのとき、どんなにしんどい思いをしても、這ってでも最初から行きたいと思っていたケアを受けに行っておけば、赤ん坊にここまで辛い思いをさせずにすんだだろになあと返す返すも残念だ。
最初に行ったサロンでは、まんまるのあれこれを教えてもらって、おひなまきの仕方や、まんまる抱っこの仕方、まんまるグッズのあれこれを買ったりして、まんまる育児のひととおりはここで習った。赤ん坊の体もある程度ほぐしてもらって、それまで手が前に来なかったり、足がうまく曲がらなくて、まったくおひなまきに巻く体勢にさえもってこれなかったのが、やっとおひなまきに巻けるようになったと、当時のぼくらは喜んだ。
しかし、いま思い返すと、言う事は間違ってないし、教わったことはどれも、それはそうだと思うのだが、当時ぼくらがあそこで中途半端なまんまるを習ったせいで、「まんまる育児風」に陥ったのだと恨めしく思う。教わったと言っても、ものすごく教え方が早くて、まんまる抱っこなんて「こういう風に輪っかにして抱くのよ」というだけで、ぼくらに実演させることもなかったし、おひなまきも「こうやって巻くねん」と先生があっというまに巻いてしまって、ぼくらが手出しする間もなく、ものの10分でレクチャー終了、というような「指導」だった。いま思っても、あれで本当のまんまるを習得するのはムリだと思うし、あのサロンに行ってまんまるを習ったひとたちのどれだけが、「まんまる風」ではなく「本当のまんまる」をやれているのか疑問だ。あんなのじゃあ到底むりなんじゃないかなあ。まんまるは、抱っこもおひなまきも寝床作りも、本当に正しくやらないと意味が無いし、「まんまる風」は簡単でも「本当のまんまる」の習得は相当に難しい。
ぼくらの「まんまる風抱っこ」を横目でちらりと見て「それでやれてるわよ」と当の先生は言っていたし、赤ん坊の体も、ものの5分と見ずに「あらよくなってるわね」と仰る。ぼくらは「専門家がそう言っているのだから出来てるんだよなあ」と、それが免罪符になっていたのが良くなかった。あの当時、ぼくらが「専門家」のところに行かず、自分たちだけで独学でまんまるをやっていたら、「これで正しいんだろうか」と不安になって、もっと正しい専門家のところに行っただろうと思うが、中途半端な専門家のところに言ってオッケーをもらってしまったせいで、間違った世話を赤ん坊にずっとしてしまったなあと赤ん坊に申し訳なく思う。そのサロンには何回か通ったのだが、「赤ちゃんの体はほぐれてるから大丈夫よ、それよりもお母さんね」と途中からターゲットは妻に変わって、「赤ん坊が泣くのは妻の体が悪いから(母乳の出が悪い、抱っこで体が歪んでいる、等々)」と途中からケアは赤ん坊から妻の方に移って行った(それもまた考えればおかしな話だ)。「ああ言われてるけど本当にそうかなあ」とぼくらはずっと首をひねっていた。
その理由は単純で、ずっと赤ん坊が泣き続けていたからだ!
体がほぐれてもうケアを受けなくても大丈夫な赤ん坊がこんなにも泣き続けるものだろうか。そんなわけがない。当の先生は、赤ん坊が泣くのはワガママのせいだとか、赤ちゃんも諦めることを学ばないといけない、みたいなことを言っていたが、そんなわけではなくて、単純に、体が辛くて泣いていただけだと思う。もちろんぼくらの見立ては当たっていて(なぜなら赤ん坊はずっと泣いていたのだから)次に行ったサロンでは、「この体で大丈夫って言われたの?」と絶句された(そりゃあそうだ)。でも、ああいう中途半端なサロンが中途半端なまんまるを広めているんだろうかと思うと、なんだか辛い思いがする。それで問題なくまんまるが出来る赤ちゃんは、最初からまんまるがそれほど必要のないいい子ちゃんだし、ぼくたちの赤ん坊のように出来ない子もいる。中途半端に専門家を名乗って、中途半端なまんまるをまき散らさないで欲しいものだ。
本当にまんまるになった赤ちゃんは泣かない。
赤ちゃんが泣き続けるなら、それは「まんまる風」であって、「本当のまんまる」ではないからだと強く言いたい。もし、サロンに行ってまんまるを習ったのにやっぱり赤ちゃんが泣き続けるのなら、それは通っているサロンが悪いので、ぜひサロンを替えていただきたい。ぼくたちのように間違ったサロンを選ぶと痛い目にあうし、そして何より、いちばん可哀想なのは赤ちゃんです。