まんまるをやっていると、どうも心が狭くなっていかんですね。
他の人がやっていることが気になってしゃあないというか、あああ、そんなめちゃくちゃなことをやっていいのか・・・とか、人様の子供の世話に文句をつけたくなってしゃあないです。
2015年10月29日木曜日
2015年7月30日木曜日
泣く力
久しぶりにまんまる育児の話など。
うちはいまだに縦抱きNGでやってきています。
ですが、縦抱きにするとピタリと泣きやんで、新生児なのに3日に1度しか便の出ないひどい便秘で、お母さんはエルゴを使っているし、どう見ても辛そうな身体なのになあと、はたから見ていると思うんだけど、ちっとも泣かない赤ちゃんもいるんですね。「どこへ行っても穏やかなお子さんですねと褒められます」と言っていたけど、ぼくから見てもそう思った。でも、直接抱っこさせてもらったわけじゃないから分からないけど、まんまる的にはこわばった感じがあって、あんまりいい身体じゃないと思ったんだけど。どっちかというと、むしろつらそうな身体というか。でも、お母さんの言うとおり、穏やかでちっとも泣かないし、ずっとにこにこしている感じなので、「おたくのお子さん、つらそうな身体してますよ」と赤の他人のぼくが言うのもおかしい気がして、何も言わずに終わってしまった。別に赤ちゃんが大泣きして困ってるわけじゃないからなあ。
でも、こんなに身体がつらそうなのに泣かないんだなあというのを見ていると、ぼくたちの赤ん坊が、あれだけ泣いて泣いて困っていたのは何だったんだろうと思ってしまう。ぼくたちも、もし赤ん坊が泣かずに、穏やかに暮らしてくれていたら、まんまるをすることはなかったよな、と思うと、なんだかそれはそれで微妙だ。でもぼくたちの子どもがいままですくすくと健康に育ってきたのは、まんまるのおかげが大きいよなあと思っているけどどうだろう。1歳と1ヶ月になったいままで、病気とは無縁でやってこれたし、人見知りしないで知らない人にもにこにこ笑いかけるし、夜泣きせずに朝まで寝てくれるし、元気すぎるくらい元気だし。からだが少しくらいつらくても、問題がほとんどない赤ちゃんもいるだろうが、ぼくらの子どもの場合は、両手の指じゃ足りないくらい、問題だらけの赤ん坊だったので、もしまんまると出会っていなかったら(あるいはまんまるがうまくいっていなかったら)どうなっていただろうとゾッとする。ぼくたちの子どもはよく泣く子で、ぼくも妻も、かなり切迫感を持って、当時はあれこれ手を尽くしたけど、赤ん坊が泣くというのは、それはそれで、訴える力なのかもしれないと思う。身体がつらくても、そのつらいことが分からない、あるいは自分を守るために分からなくしてしまった赤ちゃんも、なかにはいるみたいだから。
うちはいまだに縦抱きNGでやってきています。
ですが、縦抱きにするとピタリと泣きやんで、新生児なのに3日に1度しか便の出ないひどい便秘で、お母さんはエルゴを使っているし、どう見ても辛そうな身体なのになあと、はたから見ていると思うんだけど、ちっとも泣かない赤ちゃんもいるんですね。「どこへ行っても穏やかなお子さんですねと褒められます」と言っていたけど、ぼくから見てもそう思った。でも、直接抱っこさせてもらったわけじゃないから分からないけど、まんまる的にはこわばった感じがあって、あんまりいい身体じゃないと思ったんだけど。どっちかというと、むしろつらそうな身体というか。でも、お母さんの言うとおり、穏やかでちっとも泣かないし、ずっとにこにこしている感じなので、「おたくのお子さん、つらそうな身体してますよ」と赤の他人のぼくが言うのもおかしい気がして、何も言わずに終わってしまった。別に赤ちゃんが大泣きして困ってるわけじゃないからなあ。
でも、こんなに身体がつらそうなのに泣かないんだなあというのを見ていると、ぼくたちの赤ん坊が、あれだけ泣いて泣いて困っていたのは何だったんだろうと思ってしまう。ぼくたちも、もし赤ん坊が泣かずに、穏やかに暮らしてくれていたら、まんまるをすることはなかったよな、と思うと、なんだかそれはそれで微妙だ。でもぼくたちの子どもがいままですくすくと健康に育ってきたのは、まんまるのおかげが大きいよなあと思っているけどどうだろう。1歳と1ヶ月になったいままで、病気とは無縁でやってこれたし、人見知りしないで知らない人にもにこにこ笑いかけるし、夜泣きせずに朝まで寝てくれるし、元気すぎるくらい元気だし。からだが少しくらいつらくても、問題がほとんどない赤ちゃんもいるだろうが、ぼくらの子どもの場合は、両手の指じゃ足りないくらい、問題だらけの赤ん坊だったので、もしまんまると出会っていなかったら(あるいはまんまるがうまくいっていなかったら)どうなっていただろうとゾッとする。ぼくたちの子どもはよく泣く子で、ぼくも妻も、かなり切迫感を持って、当時はあれこれ手を尽くしたけど、赤ん坊が泣くというのは、それはそれで、訴える力なのかもしれないと思う。身体がつらくても、そのつらいことが分からない、あるいは自分を守るために分からなくしてしまった赤ちゃんも、なかにはいるみたいだから。
2015年5月1日金曜日
離乳食のこと
忘備録的にこれまでの流れなど
〜6ヵ月:
近所の歯医者から「7ヵ月までは始めなくていいよ」と言われていたので何もせず
7ヵ月:
おすわりもまだ、もろもろの条件をまったく満たしていないので、はじめる気はまったくないが、まわりからあれこれ言われるので、一度くらい試してみるかと試してみる。しかし口にスプーンを入れられると、渋い顔をして飲み込みもしない。
8ヵ月:
上同様。この頃下の前歯2本がのぞきはじめる。
9ヵ月:
9ヵ月半になった位から急にこんぶをしゃぶるようになる。こんぶに続いてするめも。
10ヵ月:おすわりが出来るようになる。離乳食を食べそうな気配がはじまる。
赤ん坊がこのところ急におすわりできるようになりました。
一週間前に、「おすわりできているかなあ」なんていっていたら、いまではすっかり、気がつくと座っているといった感じで、ちょっと前までは腹這いが基本姿勢だったのが、いまでは座っているのが基本姿勢に変わりつつある。
赤ん坊が腹這いしているのを見ると、そんな体勢でしんどくないのかなあと妻ともども言っていたが、やっぱりしんどいのかもしれない。最近は「こっちの方がラク」と気づいたのか、しょっちゅうお座り。ちょっと前はおすわりしても後ろにどーんと倒れそうだったのが、いまはだいぶ様になってきて、前後に少しくらいぐらぐらしても「おっと」という感じで手をついて持ち直してるんだから大したものだ。老い行くばかりのぼくらとはえらい違いだ。しかしおすわりまで出来るようになったのに、はいはいはまだしない。いや、数歩ならできているし、できかけているんだが、いざ移動するとなったら、ずりばいの方が慣れているし早いらしく、数歩ひざでずりずりと進んだかと思ったら、べたりと腹をつけてずりばいに逆戻りする。しかしそのずりばいの早いこと早いこと。床をまるですべるようにしてやってくる。しかし、うちの赤ん坊は10ヵ月になってようやくおすわりできるようになったが、本当はそんなもんで、世に言われているような月齢は、まだ早いんじゃないかなあ。おすわりできますとお母さんは言いつつ、まだはいはいをしない赤ちゃんを見ているとそう思う。おすありが先かはいはいが先かはよく分からないが、少なくとも寝返り、寝返り返りが出来て、はいはいが出来そうになっているくらいじゃないと、おすわりはできないはずなんだけど。ぼくの読んでいる発達の本によると。
なんだか話がそれてしまったが、おすわりが出来るようになったからと言うんじゃないか、赤ん坊の離乳食もじょじょにはじまってきた。はじめた、というより、はじまってきた、という感じで、親が食事をはじめると、すごい勢いでひざにのぼってくるわ、机にがぶり寄るわで大変なので、気をまぎらわすために口に食べ物を入れてやる、という感じで、はじめるともなくはじまってしまったのだけど、少し前は口に入れてもそのままの形ではきちらすことも多かったのが、最近は食いつきが良くて、「くれろくれろ」という感じで口をぱくぱくするし、口に入れてもけっこう食い散らすこともなく、食べてくれている。今日なんて、青菜の軸を渡してみたら、口でちうちう吸っていたかと思ったら、そのままつるんと、うどんでも飲むように呑み込んでしまったので驚いた。呑み込まないように見ていたんだけどつるんといっちゃったんだよなあ。まだ下の歯2本しか生えてないけど、歯茎と生えかけの歯を使ってうまいこと食べるもんです。
7ヵ月くらいだったと思うけど、はじめて赤ん坊の口に食べ物を持って行ったとき、そりゃあ厭そうな顔をして、しぶい顔でべっと吐き出された。そのあとも時々、様子を見て口に運んでみたりもしたが、やっぱり厭そうな顔をして、まったく食べる気配がなかった。離乳食は「赤ちゃんが大人が食べてるの見て食べたそうにしたら初めてね」とか言われたりしたけど、親が食べているのを見ても、まったくというほど、食べたいそぶりを見せなかった。よだれをつーと垂らしたりするとかいうけど、まったく。ぼくらは離乳食を急ぐ気はまったく無かったけど、それでも「いつになったらこいつは食べる気配を見せるのかしらん」と思ったりしていた。でもそんな親の気持をよそに、赤ん坊は自分の食べたいときが来たら、勝手に食べ始めるもんなんだなあとなんだか感慨深い。
離乳食と言っても、こっちの食事にかぶりついてくるからあげているだけという、大雑把なやり方なので、赤ん坊のために何か作るということは皆無。とりわけ?というんだろうか。いちおう、蛋白質はまだ早いかなと思って避けているのと、親の口に入ったものは、虫歯菌を移すので与えないようにしているくらい。そんなこんなで、なんとなくはじまってしまった離乳食なのであります。
〜6ヵ月:
近所の歯医者から「7ヵ月までは始めなくていいよ」と言われていたので何もせず
7ヵ月:
おすわりもまだ、もろもろの条件をまったく満たしていないので、はじめる気はまったくないが、まわりからあれこれ言われるので、一度くらい試してみるかと試してみる。しかし口にスプーンを入れられると、渋い顔をして飲み込みもしない。
8ヵ月:
上同様。この頃下の前歯2本がのぞきはじめる。
9ヵ月:
9ヵ月半になった位から急にこんぶをしゃぶるようになる。こんぶに続いてするめも。
10ヵ月:おすわりが出来るようになる。離乳食を食べそうな気配がはじまる。
赤ん坊がこのところ急におすわりできるようになりました。
一週間前に、「おすわりできているかなあ」なんていっていたら、いまではすっかり、気がつくと座っているといった感じで、ちょっと前までは腹這いが基本姿勢だったのが、いまでは座っているのが基本姿勢に変わりつつある。
赤ん坊が腹這いしているのを見ると、そんな体勢でしんどくないのかなあと妻ともども言っていたが、やっぱりしんどいのかもしれない。最近は「こっちの方がラク」と気づいたのか、しょっちゅうお座り。ちょっと前はおすわりしても後ろにどーんと倒れそうだったのが、いまはだいぶ様になってきて、前後に少しくらいぐらぐらしても「おっと」という感じで手をついて持ち直してるんだから大したものだ。老い行くばかりのぼくらとはえらい違いだ。しかしおすわりまで出来るようになったのに、はいはいはまだしない。いや、数歩ならできているし、できかけているんだが、いざ移動するとなったら、ずりばいの方が慣れているし早いらしく、数歩ひざでずりずりと進んだかと思ったら、べたりと腹をつけてずりばいに逆戻りする。しかしそのずりばいの早いこと早いこと。床をまるですべるようにしてやってくる。しかし、うちの赤ん坊は10ヵ月になってようやくおすわりできるようになったが、本当はそんなもんで、世に言われているような月齢は、まだ早いんじゃないかなあ。おすわりできますとお母さんは言いつつ、まだはいはいをしない赤ちゃんを見ているとそう思う。おすありが先かはいはいが先かはよく分からないが、少なくとも寝返り、寝返り返りが出来て、はいはいが出来そうになっているくらいじゃないと、おすわりはできないはずなんだけど。ぼくの読んでいる発達の本によると。
なんだか話がそれてしまったが、おすわりが出来るようになったからと言うんじゃないか、赤ん坊の離乳食もじょじょにはじまってきた。はじめた、というより、はじまってきた、という感じで、親が食事をはじめると、すごい勢いでひざにのぼってくるわ、机にがぶり寄るわで大変なので、気をまぎらわすために口に食べ物を入れてやる、という感じで、はじめるともなくはじまってしまったのだけど、少し前は口に入れてもそのままの形ではきちらすことも多かったのが、最近は食いつきが良くて、「くれろくれろ」という感じで口をぱくぱくするし、口に入れてもけっこう食い散らすこともなく、食べてくれている。今日なんて、青菜の軸を渡してみたら、口でちうちう吸っていたかと思ったら、そのままつるんと、うどんでも飲むように呑み込んでしまったので驚いた。呑み込まないように見ていたんだけどつるんといっちゃったんだよなあ。まだ下の歯2本しか生えてないけど、歯茎と生えかけの歯を使ってうまいこと食べるもんです。
7ヵ月くらいだったと思うけど、はじめて赤ん坊の口に食べ物を持って行ったとき、そりゃあ厭そうな顔をして、しぶい顔でべっと吐き出された。そのあとも時々、様子を見て口に運んでみたりもしたが、やっぱり厭そうな顔をして、まったく食べる気配がなかった。離乳食は「赤ちゃんが大人が食べてるの見て食べたそうにしたら初めてね」とか言われたりしたけど、親が食べているのを見ても、まったくというほど、食べたいそぶりを見せなかった。よだれをつーと垂らしたりするとかいうけど、まったく。ぼくらは離乳食を急ぐ気はまったく無かったけど、それでも「いつになったらこいつは食べる気配を見せるのかしらん」と思ったりしていた。でもそんな親の気持をよそに、赤ん坊は自分の食べたいときが来たら、勝手に食べ始めるもんなんだなあとなんだか感慨深い。
離乳食と言っても、こっちの食事にかぶりついてくるからあげているだけという、大雑把なやり方なので、赤ん坊のために何か作るということは皆無。とりわけ?というんだろうか。いちおう、蛋白質はまだ早いかなと思って避けているのと、親の口に入ったものは、虫歯菌を移すので与えないようにしているくらい。そんなこんなで、なんとなくはじまってしまった離乳食なのであります。
2015年4月23日木曜日
子育てにベビーカーは必要ない
うちにはベビーカーはありません。
ついでにチャイルドシートも。
移動はすべてスリングで、公共の交通機関か、どうしてもというときはタクシーを使っています。まあ、タクシーに乗るなんて、産院から退院したときくらいですが。
子供が生まれる前は、ベビーカーって必須なものかと思っていましたが、生まれてみると、案外そうでもないなというのが実感だった。うちの場合は、赤ん坊が泣いてないて仕方なかったので、そもそもベビーカーにのせられそうになかったというのもあるけど、スリング1本あればなんとかなりそうだなあと思っている。チャイルドシートもしかり。赤ん坊に外の空気は吸わせてあげた方がいいと思うが、それはスリング散歩で充分だし、車でなければ出かけられないようなところに、生まれて一歳にもならない赤ん坊を連れて行く必要を、ぼくは特に感じない。ちなみに赤ん坊がいちばん病気を拾ってくる場所は、病院の小児科とか予防接種とかよりも、ショッピングモールとか、商業施設のおむつ換えシートらしい。だから、小児科の先生は、自分の子供をそういうところに連れて行くときは、必ず自分の車まで赤ん坊を連れて帰って、おむつかえをさせているらしい。そもそも菌の巣窟ぽいもんなあ、商業施設って。
うちはまんまる育児をしているので、ベビーカーやチャイルドシートは絶対に使わないぞ!と意気込んでいたわけでもなくて、なんとなく、「なくてもいけるよなあ」という感じで、ずるずるここまで来ただけだけど、逆にここまで来ると、今度はできるだけ買うまいという心境ではある。歩けるようになったら解禁かなあ、ベビーカーもチャイルドシートも。
まんまる育児をしている親御さんは、お子さんの体の状況にすごく気をつかっている人が多くて、「うちは絶対につかまり立ちさせません!」とか「おすわりさせません!」と息巻いているお母さんを見て、すごいなあと思ったことがあるが(うちはそこまで気を遣っていない)、その割にベビーカーにのせたりチャイルドシートにのせるのには頓着していないようで、「?」と思ったんだが、そりゃあ、大人が無理にすわらせたりつかまり立ちさせるのはもってのほかだと思うけど、赤ん坊が自分から少しくらいつかまり立ちするのが、そんなに悪いことかなあ。それよりもベビーカーとかチャイルドシートにのせる方が、よっぽど体の負担が大きそうだと思うけど。まあそう言いながら、ベビーカーやチャイルドシートにのせていないうちの赤ん坊がめちゃくちゃ体の状態がいいかと言われると、べつにそんなこともないので、特に問題ではないんだろうと思う。
うちの場合、良かったなあと思うのは、赤ん坊がそんなに太らなかったことで、もうすぐ10ヶ月を前にして7キロくらい。身長は70センチくらいあるので、親に似たのか、身長の割には軽いかな? 10ヶ月で7キロだからそんなに問題なくやってこれてるけど、これで半年で10キロ超えとかだったら、たしかに厳しいものがある。しかし山に行くとかだったら、荷物が10キロ超えとか普通なので、そんなにきついという感じはしない。普段からカメラを持ち歩いていると、それはそれで荷物は重いし、鉛の鞄を持ち歩いていると言われながら、普段から体を鍛えていてよかった。
ついでにチャイルドシートも。
移動はすべてスリングで、公共の交通機関か、どうしてもというときはタクシーを使っています。まあ、タクシーに乗るなんて、産院から退院したときくらいですが。
子供が生まれる前は、ベビーカーって必須なものかと思っていましたが、生まれてみると、案外そうでもないなというのが実感だった。うちの場合は、赤ん坊が泣いてないて仕方なかったので、そもそもベビーカーにのせられそうになかったというのもあるけど、スリング1本あればなんとかなりそうだなあと思っている。チャイルドシートもしかり。赤ん坊に外の空気は吸わせてあげた方がいいと思うが、それはスリング散歩で充分だし、車でなければ出かけられないようなところに、生まれて一歳にもならない赤ん坊を連れて行く必要を、ぼくは特に感じない。ちなみに赤ん坊がいちばん病気を拾ってくる場所は、病院の小児科とか予防接種とかよりも、ショッピングモールとか、商業施設のおむつ換えシートらしい。だから、小児科の先生は、自分の子供をそういうところに連れて行くときは、必ず自分の車まで赤ん坊を連れて帰って、おむつかえをさせているらしい。そもそも菌の巣窟ぽいもんなあ、商業施設って。
うちはまんまる育児をしているので、ベビーカーやチャイルドシートは絶対に使わないぞ!と意気込んでいたわけでもなくて、なんとなく、「なくてもいけるよなあ」という感じで、ずるずるここまで来ただけだけど、逆にここまで来ると、今度はできるだけ買うまいという心境ではある。歩けるようになったら解禁かなあ、ベビーカーもチャイルドシートも。
まんまる育児をしている親御さんは、お子さんの体の状況にすごく気をつかっている人が多くて、「うちは絶対につかまり立ちさせません!」とか「おすわりさせません!」と息巻いているお母さんを見て、すごいなあと思ったことがあるが(うちはそこまで気を遣っていない)、その割にベビーカーにのせたりチャイルドシートにのせるのには頓着していないようで、「?」と思ったんだが、そりゃあ、大人が無理にすわらせたりつかまり立ちさせるのはもってのほかだと思うけど、赤ん坊が自分から少しくらいつかまり立ちするのが、そんなに悪いことかなあ。それよりもベビーカーとかチャイルドシートにのせる方が、よっぽど体の負担が大きそうだと思うけど。まあそう言いながら、ベビーカーやチャイルドシートにのせていないうちの赤ん坊がめちゃくちゃ体の状態がいいかと言われると、べつにそんなこともないので、特に問題ではないんだろうと思う。
うちの場合、良かったなあと思うのは、赤ん坊がそんなに太らなかったことで、もうすぐ10ヶ月を前にして7キロくらい。身長は70センチくらいあるので、親に似たのか、身長の割には軽いかな? 10ヶ月で7キロだからそんなに問題なくやってこれてるけど、これで半年で10キロ超えとかだったら、たしかに厳しいものがある。しかし山に行くとかだったら、荷物が10キロ超えとか普通なので、そんなにきついという感じはしない。普段からカメラを持ち歩いていると、それはそれで荷物は重いし、鉛の鞄を持ち歩いていると言われながら、普段から体を鍛えていてよかった。
2015年3月29日日曜日
まんまる育児:団塊の世代のひどすぎる抱っこ
先日、急な用があって、赤ん坊を妻の両親に預けて二人で出かけた。
それほど長い時間ではなかったので、赤ん坊を連れていっても良かったのだが、預かってもらった方が助かるということで、妻の両親にお願いした。急な外出だったので、お願いしたのが前日、その日もばたばたで出掛けたので、あまり話が出来なかった。本当は「くれぐれも縦抱きにはしないように」とお願いしたかったのだが、その暇もなく、「まあ、最近は泣かなくなってるし、そんなに抱っこもしないよね?」と妻と言いながら、幸い用事もすぐに終わって、小一時間で帰って来たのだが。帰って来た瞬間、妻の母親が、赤ん坊を思い切り縦抱きしていた。
正直ため息しか出なかった。
縦抱き、といっても、赤ん坊の背中を押さえたそれはそれはひどい縦抱きで、赤ん坊の体はまるで棒のようになっていた。妻が速効で赤ん坊を奪い取っていたが、これでまたリカバーするのに時間がかかるなあ。言わなくてもそれなりの抱っこをしてくれるんじゃないか、と密かに一抹の期待を抱いていたぼくらが甘かった。というのは、妻の両親は妻といっしょに、まんまる抱っこの講習を受けに行っていたからで、中心となって実演したのは妻だけど、その場で彼女の両親もいっしょに見聞きしていたからだった。あんな遠方まで高い金払って講習を受けに行って何をしているんだか。ちなみに妻の両親は学校の教師であるが、教師というのは「話を聞いていない」と怒るくせに自分は何も学んで来ないのだろうか。
まったく何をやってくれているのか。これなら預けない方がマシだったかもしれない。
ぼくらと入れ替わりにすぐに帰らはったので、特に話は出来なかったが、次はくれぐれもお願いしようと妻と二人で話をした。というか、預けるのはもう止めにしよう、とも。信頼がならないので。
妻の両親は「近くに住んでるんだし、遠慮しないで何か用があったらいつでも言ってね!」と張り切っているが、いや、あなたたちに預けないのは、遠慮しているからではなくて、あなたたちが信用ならないからですよ、とぼくらは思っているんだが。
何が悪いって、彼らに悪意がないことで、善意からよかれと思って赤ん坊に最悪のことをしてくれているので、下手に悪意があるよりもたちが悪い。そして、いくら「こうして下さい」とお願いしても、「こうした方がいいに決まっている」と自己判断で勝手に変えて、それをこっちが喜ばないと、「せっかく気を遣ってこうしたったのに」と怒る。団塊の世代という人たちとは本当に相容れない。余計なことはしてくれない方がよっぽど助かるんだが、とため息。
それほど長い時間ではなかったので、赤ん坊を連れていっても良かったのだが、預かってもらった方が助かるということで、妻の両親にお願いした。急な外出だったので、お願いしたのが前日、その日もばたばたで出掛けたので、あまり話が出来なかった。本当は「くれぐれも縦抱きにはしないように」とお願いしたかったのだが、その暇もなく、「まあ、最近は泣かなくなってるし、そんなに抱っこもしないよね?」と妻と言いながら、幸い用事もすぐに終わって、小一時間で帰って来たのだが。帰って来た瞬間、妻の母親が、赤ん坊を思い切り縦抱きしていた。
正直ため息しか出なかった。
縦抱き、といっても、赤ん坊の背中を押さえたそれはそれはひどい縦抱きで、赤ん坊の体はまるで棒のようになっていた。妻が速効で赤ん坊を奪い取っていたが、これでまたリカバーするのに時間がかかるなあ。言わなくてもそれなりの抱っこをしてくれるんじゃないか、と密かに一抹の期待を抱いていたぼくらが甘かった。というのは、妻の両親は妻といっしょに、まんまる抱っこの講習を受けに行っていたからで、中心となって実演したのは妻だけど、その場で彼女の両親もいっしょに見聞きしていたからだった。あんな遠方まで高い金払って講習を受けに行って何をしているんだか。ちなみに妻の両親は学校の教師であるが、教師というのは「話を聞いていない」と怒るくせに自分は何も学んで来ないのだろうか。
まったく何をやってくれているのか。これなら預けない方がマシだったかもしれない。
ぼくらと入れ替わりにすぐに帰らはったので、特に話は出来なかったが、次はくれぐれもお願いしようと妻と二人で話をした。というか、預けるのはもう止めにしよう、とも。信頼がならないので。
妻の両親は「近くに住んでるんだし、遠慮しないで何か用があったらいつでも言ってね!」と張り切っているが、いや、あなたたちに預けないのは、遠慮しているからではなくて、あなたたちが信用ならないからですよ、とぼくらは思っているんだが。
何が悪いって、彼らに悪意がないことで、善意からよかれと思って赤ん坊に最悪のことをしてくれているので、下手に悪意があるよりもたちが悪い。そして、いくら「こうして下さい」とお願いしても、「こうした方がいいに決まっている」と自己判断で勝手に変えて、それをこっちが喜ばないと、「せっかく気を遣ってこうしたったのに」と怒る。団塊の世代という人たちとは本当に相容れない。余計なことはしてくれない方がよっぽど助かるんだが、とため息。
2015年3月17日火曜日
まんまる育児:離乳食のこと
まんまる育児的な離乳食ってどうなんだろうと考えている。
いや、まんまる育児的というか、ほんとのところ、離乳食のスタンダードってどうなっているんだろう。なんだか情報が錯綜していてよく分からない。錯綜、というほど調べてもいないんだが(ちなみにぼくはインターネットで情報は調べない)、なんとなくいま世の中にはびこっている離乳食の考え方は、あとになって否定されるように思えてならない。時代が平成に変わったころ、うつぶせ寝が大流行したように。クーファンが大流行したように。当時はうつぶせ寝こそ最先端という感じで、みんなこぞって我が子をうつぶせにしたんだろうが、いまは乳幼児突然症候群との関連が言われるようになって、「絶対にうつぶせにしないように」みんな神経をとがらせているんだからおかしな話だ。それと同じく、いまは離乳食をなるべく早くはじめるのがスタンダードになりつつあるような空気があるが、それってどうなんだろう。赤ん坊の身体とか姿勢とか、発達的なことから考えたら、離乳食をはやくはじめるのはいいことだとあんまり思えないんだけど。渡部信子さんのまんまる育児の本に、離乳食のことも書いてあったらいいんだけどなあ。離乳食に関する記述は特にない。というか、そんなに神経をとがらせるほどのことじゃないんだろうか、離乳食って。赤ん坊が大きくなったらそんないつまでも乳ばっか吸ってないで自然に飯食うようになるわな。
なんでも母子手帳には6ヶ月から離乳食をはじめなさいと書いてあるらしいけど(ぼくは母子手帳を読んだことはないんだが)それってどうなんだろう。赤ん坊によって生まれた体重も、2000グラムとか4000グラムとか違うんだし、発達の程度も赤ん坊それぞれなわけで、離乳食だけ一律に六ヶ月からというのもおかしな話な気がする。というか、母子手帳は障害のある子供を早く見つけるために、発達について通常よりはやめに書かれているので、あまり鵜呑みにしないほうが良い、と医療関係者から聞いた。子供に障害がある場合、早めに気づいてケアをしてあげた方が、その後の発達に良いことが多いので、母子手帳はそうなっているが、必ずしもそれが健常に成長している赤ん坊に当てはまるわけではない、と聞いた。でも世の中の多くの人は母子手帳に書いてあるから絶対と思うんじゃないのかなあ。母子手帳なんて読まないいい加減な方がうまくいっていて、真面目な人ほどどつぼにはまりそうな気がする。そう思うと母子手帳なんて罪作りな代物だ。
何が離乳食のスタンダードなのかあまり良く分からないが、餅は餅屋というか、口腔の関係者に聞くのがいちばんなんじゃないかと思って、うちはいちおう、歯医者の指導に従っている。妻の行っている歯医者が赤ん坊や小さい子も見てくれるところで、そこの医師が日々、現代の子供たちの口腔の悲惨な状況を嘆いているというので。その歯医者によれば、離乳食を早くはじめるのは百害あって一利なしというか、まだ口周りの筋肉が十分に発達しないうちに咀嚼や嚥下をはじめると、口の先だけでもそもそするようなあごの使い方になって、歯並びはがたがたになる、あごの周りの筋肉が発達しないから舌が落ちて鼻呼吸ができない(口呼吸になる)、鼻呼吸ができないとひいてはアレルギーになりやすい、など、現代の子供たちに異常にアレルギー体質の子が多いのは、離乳食が早すぎるのも一因であるらしい。歯並びが悪かったり、顎関節症になったり、矯正をしたりするのも。ひょっとして離乳食を早くはじめさせる母子手帳の記述は、医療業界の策略なのかもしれないね。たくさん病気になった方がたくさん儲かるわけだし。
その歯医者に教えてもらった離乳食をはじめる目安は
・早くても7ヶ月以降、6ヶ月は早すぎる、それ以前は言わずもがな
・腰が据わって一人でお座り出来る、大人が座らせて座るのは駄目
・自分から乳首を離して飲み止める(満腹中枢の形成)
・人が食べるのを見て食べたそうにする
・もっていって食べさせるのでなくて自分からぱくっと来る
だいたいこんな感じらしい。これをみると、うちの赤ん坊が離乳食をはじめるのはまだ当分先だなあ。この項目のどれひとつとして満たしていない。あと2、3ヶ月は先かなという感じがする。
いや、まんまる育児的というか、ほんとのところ、離乳食のスタンダードってどうなっているんだろう。なんだか情報が錯綜していてよく分からない。錯綜、というほど調べてもいないんだが(ちなみにぼくはインターネットで情報は調べない)、なんとなくいま世の中にはびこっている離乳食の考え方は、あとになって否定されるように思えてならない。時代が平成に変わったころ、うつぶせ寝が大流行したように。クーファンが大流行したように。当時はうつぶせ寝こそ最先端という感じで、みんなこぞって我が子をうつぶせにしたんだろうが、いまは乳幼児突然症候群との関連が言われるようになって、「絶対にうつぶせにしないように」みんな神経をとがらせているんだからおかしな話だ。それと同じく、いまは離乳食をなるべく早くはじめるのがスタンダードになりつつあるような空気があるが、それってどうなんだろう。赤ん坊の身体とか姿勢とか、発達的なことから考えたら、離乳食をはやくはじめるのはいいことだとあんまり思えないんだけど。渡部信子さんのまんまる育児の本に、離乳食のことも書いてあったらいいんだけどなあ。離乳食に関する記述は特にない。というか、そんなに神経をとがらせるほどのことじゃないんだろうか、離乳食って。赤ん坊が大きくなったらそんないつまでも乳ばっか吸ってないで自然に飯食うようになるわな。
なんでも母子手帳には6ヶ月から離乳食をはじめなさいと書いてあるらしいけど(ぼくは母子手帳を読んだことはないんだが)それってどうなんだろう。赤ん坊によって生まれた体重も、2000グラムとか4000グラムとか違うんだし、発達の程度も赤ん坊それぞれなわけで、離乳食だけ一律に六ヶ月からというのもおかしな話な気がする。というか、母子手帳は障害のある子供を早く見つけるために、発達について通常よりはやめに書かれているので、あまり鵜呑みにしないほうが良い、と医療関係者から聞いた。子供に障害がある場合、早めに気づいてケアをしてあげた方が、その後の発達に良いことが多いので、母子手帳はそうなっているが、必ずしもそれが健常に成長している赤ん坊に当てはまるわけではない、と聞いた。でも世の中の多くの人は母子手帳に書いてあるから絶対と思うんじゃないのかなあ。母子手帳なんて読まないいい加減な方がうまくいっていて、真面目な人ほどどつぼにはまりそうな気がする。そう思うと母子手帳なんて罪作りな代物だ。
何が離乳食のスタンダードなのかあまり良く分からないが、餅は餅屋というか、口腔の関係者に聞くのがいちばんなんじゃないかと思って、うちはいちおう、歯医者の指導に従っている。妻の行っている歯医者が赤ん坊や小さい子も見てくれるところで、そこの医師が日々、現代の子供たちの口腔の悲惨な状況を嘆いているというので。その歯医者によれば、離乳食を早くはじめるのは百害あって一利なしというか、まだ口周りの筋肉が十分に発達しないうちに咀嚼や嚥下をはじめると、口の先だけでもそもそするようなあごの使い方になって、歯並びはがたがたになる、あごの周りの筋肉が発達しないから舌が落ちて鼻呼吸ができない(口呼吸になる)、鼻呼吸ができないとひいてはアレルギーになりやすい、など、現代の子供たちに異常にアレルギー体質の子が多いのは、離乳食が早すぎるのも一因であるらしい。歯並びが悪かったり、顎関節症になったり、矯正をしたりするのも。ひょっとして離乳食を早くはじめさせる母子手帳の記述は、医療業界の策略なのかもしれないね。たくさん病気になった方がたくさん儲かるわけだし。
その歯医者に教えてもらった離乳食をはじめる目安は
・早くても7ヶ月以降、6ヶ月は早すぎる、それ以前は言わずもがな
・腰が据わって一人でお座り出来る、大人が座らせて座るのは駄目
・自分から乳首を離して飲み止める(満腹中枢の形成)
・人が食べるのを見て食べたそうにする
・もっていって食べさせるのでなくて自分からぱくっと来る
だいたいこんな感じらしい。これをみると、うちの赤ん坊が離乳食をはじめるのはまだ当分先だなあ。この項目のどれひとつとして満たしていない。あと2、3ヶ月は先かなという感じがする。
2015年2月21日土曜日
まんまる育児:サロンのこと
いま思えば最初に行ったサロンがハズレだった。
いろいろ言い訳はあるが、そのサロンを選んだぼくらが完全な失敗だった。
「行きたいところ」ではなく「行けるところ」を選んだのが完全な間違いだったと思う。当時は産後間もなかったので、体力的に赤ん坊を連れて遠出をするのは妻がしんどそうだったので、つい近場の行きやすいところを選んでしまった。あのとき、どんなにしんどい思いをしても、這ってでも最初から行きたいと思っていたケアを受けに行っておけば、赤ん坊にここまで辛い思いをさせずにすんだだろになあと返す返すも残念だ。
最初に行ったサロンでは、まんまるのあれこれを教えてもらって、おひなまきの仕方や、まんまる抱っこの仕方、まんまるグッズのあれこれを買ったりして、まんまる育児のひととおりはここで習った。赤ん坊の体もある程度ほぐしてもらって、それまで手が前に来なかったり、足がうまく曲がらなくて、まったくおひなまきに巻く体勢にさえもってこれなかったのが、やっとおひなまきに巻けるようになったと、当時のぼくらは喜んだ。
しかし、いま思い返すと、言う事は間違ってないし、教わったことはどれも、それはそうだと思うのだが、当時ぼくらがあそこで中途半端なまんまるを習ったせいで、「まんまる育児風」に陥ったのだと恨めしく思う。教わったと言っても、ものすごく教え方が早くて、まんまる抱っこなんて「こういう風に輪っかにして抱くのよ」というだけで、ぼくらに実演させることもなかったし、おひなまきも「こうやって巻くねん」と先生があっというまに巻いてしまって、ぼくらが手出しする間もなく、ものの10分でレクチャー終了、というような「指導」だった。いま思っても、あれで本当のまんまるを習得するのはムリだと思うし、あのサロンに行ってまんまるを習ったひとたちのどれだけが、「まんまる風」ではなく「本当のまんまる」をやれているのか疑問だ。あんなのじゃあ到底むりなんじゃないかなあ。まんまるは、抱っこもおひなまきも寝床作りも、本当に正しくやらないと意味が無いし、「まんまる風」は簡単でも「本当のまんまる」の習得は相当に難しい。
ぼくらの「まんまる風抱っこ」を横目でちらりと見て「それでやれてるわよ」と当の先生は言っていたし、赤ん坊の体も、ものの5分と見ずに「あらよくなってるわね」と仰る。ぼくらは「専門家がそう言っているのだから出来てるんだよなあ」と、それが免罪符になっていたのが良くなかった。あの当時、ぼくらが「専門家」のところに行かず、自分たちだけで独学でまんまるをやっていたら、「これで正しいんだろうか」と不安になって、もっと正しい専門家のところに行っただろうと思うが、中途半端な専門家のところに言ってオッケーをもらってしまったせいで、間違った世話を赤ん坊にずっとしてしまったなあと赤ん坊に申し訳なく思う。そのサロンには何回か通ったのだが、「赤ちゃんの体はほぐれてるから大丈夫よ、それよりもお母さんね」と途中からターゲットは妻に変わって、「赤ん坊が泣くのは妻の体が悪いから(母乳の出が悪い、抱っこで体が歪んでいる、等々)」と途中からケアは赤ん坊から妻の方に移って行った(それもまた考えればおかしな話だ)。「ああ言われてるけど本当にそうかなあ」とぼくらはずっと首をひねっていた。
その理由は単純で、ずっと赤ん坊が泣き続けていたからだ!
体がほぐれてもうケアを受けなくても大丈夫な赤ん坊がこんなにも泣き続けるものだろうか。そんなわけがない。当の先生は、赤ん坊が泣くのはワガママのせいだとか、赤ちゃんも諦めることを学ばないといけない、みたいなことを言っていたが、そんなわけではなくて、単純に、体が辛くて泣いていただけだと思う。もちろんぼくらの見立ては当たっていて(なぜなら赤ん坊はずっと泣いていたのだから)次に行ったサロンでは、「この体で大丈夫って言われたの?」と絶句された(そりゃあそうだ)。でも、ああいう中途半端なサロンが中途半端なまんまるを広めているんだろうかと思うと、なんだか辛い思いがする。それで問題なくまんまるが出来る赤ちゃんは、最初からまんまるがそれほど必要のないいい子ちゃんだし、ぼくたちの赤ん坊のように出来ない子もいる。中途半端に専門家を名乗って、中途半端なまんまるをまき散らさないで欲しいものだ。
本当にまんまるになった赤ちゃんは泣かない。
赤ちゃんが泣き続けるなら、それは「まんまる風」であって、「本当のまんまる」ではないからだと強く言いたい。もし、サロンに行ってまんまるを習ったのにやっぱり赤ちゃんが泣き続けるのなら、それは通っているサロンが悪いので、ぜひサロンを替えていただきたい。ぼくたちのように間違ったサロンを選ぶと痛い目にあうし、そして何より、いちばん可哀想なのは赤ちゃんです。
いろいろ言い訳はあるが、そのサロンを選んだぼくらが完全な失敗だった。
「行きたいところ」ではなく「行けるところ」を選んだのが完全な間違いだったと思う。当時は産後間もなかったので、体力的に赤ん坊を連れて遠出をするのは妻がしんどそうだったので、つい近場の行きやすいところを選んでしまった。あのとき、どんなにしんどい思いをしても、這ってでも最初から行きたいと思っていたケアを受けに行っておけば、赤ん坊にここまで辛い思いをさせずにすんだだろになあと返す返すも残念だ。
最初に行ったサロンでは、まんまるのあれこれを教えてもらって、おひなまきの仕方や、まんまる抱っこの仕方、まんまるグッズのあれこれを買ったりして、まんまる育児のひととおりはここで習った。赤ん坊の体もある程度ほぐしてもらって、それまで手が前に来なかったり、足がうまく曲がらなくて、まったくおひなまきに巻く体勢にさえもってこれなかったのが、やっとおひなまきに巻けるようになったと、当時のぼくらは喜んだ。
しかし、いま思い返すと、言う事は間違ってないし、教わったことはどれも、それはそうだと思うのだが、当時ぼくらがあそこで中途半端なまんまるを習ったせいで、「まんまる育児風」に陥ったのだと恨めしく思う。教わったと言っても、ものすごく教え方が早くて、まんまる抱っこなんて「こういう風に輪っかにして抱くのよ」というだけで、ぼくらに実演させることもなかったし、おひなまきも「こうやって巻くねん」と先生があっというまに巻いてしまって、ぼくらが手出しする間もなく、ものの10分でレクチャー終了、というような「指導」だった。いま思っても、あれで本当のまんまるを習得するのはムリだと思うし、あのサロンに行ってまんまるを習ったひとたちのどれだけが、「まんまる風」ではなく「本当のまんまる」をやれているのか疑問だ。あんなのじゃあ到底むりなんじゃないかなあ。まんまるは、抱っこもおひなまきも寝床作りも、本当に正しくやらないと意味が無いし、「まんまる風」は簡単でも「本当のまんまる」の習得は相当に難しい。
ぼくらの「まんまる風抱っこ」を横目でちらりと見て「それでやれてるわよ」と当の先生は言っていたし、赤ん坊の体も、ものの5分と見ずに「あらよくなってるわね」と仰る。ぼくらは「専門家がそう言っているのだから出来てるんだよなあ」と、それが免罪符になっていたのが良くなかった。あの当時、ぼくらが「専門家」のところに行かず、自分たちだけで独学でまんまるをやっていたら、「これで正しいんだろうか」と不安になって、もっと正しい専門家のところに行っただろうと思うが、中途半端な専門家のところに言ってオッケーをもらってしまったせいで、間違った世話を赤ん坊にずっとしてしまったなあと赤ん坊に申し訳なく思う。そのサロンには何回か通ったのだが、「赤ちゃんの体はほぐれてるから大丈夫よ、それよりもお母さんね」と途中からターゲットは妻に変わって、「赤ん坊が泣くのは妻の体が悪いから(母乳の出が悪い、抱っこで体が歪んでいる、等々)」と途中からケアは赤ん坊から妻の方に移って行った(それもまた考えればおかしな話だ)。「ああ言われてるけど本当にそうかなあ」とぼくらはずっと首をひねっていた。
その理由は単純で、ずっと赤ん坊が泣き続けていたからだ!
体がほぐれてもうケアを受けなくても大丈夫な赤ん坊がこんなにも泣き続けるものだろうか。そんなわけがない。当の先生は、赤ん坊が泣くのはワガママのせいだとか、赤ちゃんも諦めることを学ばないといけない、みたいなことを言っていたが、そんなわけではなくて、単純に、体が辛くて泣いていただけだと思う。もちろんぼくらの見立ては当たっていて(なぜなら赤ん坊はずっと泣いていたのだから)次に行ったサロンでは、「この体で大丈夫って言われたの?」と絶句された(そりゃあそうだ)。でも、ああいう中途半端なサロンが中途半端なまんまるを広めているんだろうかと思うと、なんだか辛い思いがする。それで問題なくまんまるが出来る赤ちゃんは、最初からまんまるがそれほど必要のないいい子ちゃんだし、ぼくたちの赤ん坊のように出来ない子もいる。中途半端に専門家を名乗って、中途半端なまんまるをまき散らさないで欲しいものだ。
本当にまんまるになった赤ちゃんは泣かない。
赤ちゃんが泣き続けるなら、それは「まんまる風」であって、「本当のまんまる」ではないからだと強く言いたい。もし、サロンに行ってまんまるを習ったのにやっぱり赤ちゃんが泣き続けるのなら、それは通っているサロンが悪いので、ぜひサロンを替えていただきたい。ぼくたちのように間違ったサロンを選ぶと痛い目にあうし、そして何より、いちばん可哀想なのは赤ちゃんです。
2015年2月4日水曜日
巻けるおひなまき:おひなまきは凄い
あれだけ巻けない巻けないといっていたおひなまきが最近巻けるようになりました。いや、といっても巻けないんですが(起きている間は)、寝てる間だけ、巻かせてくれるようになりました。巻かれるのは基本的に嫌いなので、巻くと「イーーーーッ!!!」と言って怒るんだが、それでも5分ほどすると諦めるのか、以前ほど苦ではなくなったのか、そのまま寝てくれるようになった。
転機になったのはたぶん6ヵ月を迎える少し前くらいだったと思う。
生後2ヵ月になるくらいからおひなまきにはチャレンジし続けてきたものの、足のピンピンがひどくて、まったく巻くことが出来ず、スリングに入れるときだけギリギリ巻かせてもらっていたがそれ以外はまったくだめで、ひたすら挫折し続けること早5ヵ月。おひなまきに巻けなくてもまったく泣かない良い子ちゃんなら問題ないが、うちの子どもはそんなことはまったくなく、いちばん悪い頃よりは良くなったかなあという程度で、5ヵ月になってもよく泣いていたし、あと一歩だよなあと感じていた当時。ちょうどその頃、助産師さんに首すわりをチェックしてもらう機会があって、首すわりをみてもらうと・・・案の定、うちの子どもは首がすわっていなかった。
それでぼくらもゲッとなった。
発達を急がせる気はまったくなかったが、それでもあと少しで6ヵ月なのに、首がすわってないのはちょっとまずい。それでぼくらは、もう一度本腰を入れて、まんまるにしなければと褌を締め直したのだ。それまでも、まんまるはやっているとはいえ、おひなまきにどうしても巻けていなかったから、達成率は5割くらいだなあという感じで、胸を張って「まんまる育児やっています」とは言えない状況で、だから巻こう巻こうと頑張っていたんだけど、それでもど〜〜〜しても巻けず、若干挫折気味(ダレ気味)だった。しかし、5ヵ月になっても首すわりがまだとなると話はまた違って来て、巻けるなら巻いてあげたいとかそんな悠長なことは言っておれんという感じで、尻に火がついたのだ。
そこであらためて考え直してみると、ぼくらが赤ん坊をおひなまきしようと思っていたのは、その方が赤ん坊がラクだからとか、泣き止むから、赤ん坊が好きな格好だから、とか、つまり、巻く事でなんとか赤ん坊を泣き止ませて、自分たちがラクをしようと思っているからではないか、ということに気づいた。思えばぼくらはおひなまきに巻く事で、赤ん坊を泣かずに布団に降ろせるようになることを期待していた。おひなまきでは泣き止まない、ということを、ぼくらはばかみたいに5ヵ月間繰り返していたわけだ。しかし、小さく見れば巻ける時間はあるわけで、発想の転換、「巻けないなら巻いてあればいいじゃないか」ということで、おひなまきでラクしようという発想は止めにして、ぼくらがひたすらしもべとなって、赤子様におひなまきをして差し上げることにした。
授乳のあいだ、スリングで移動、昼寝もどうせ布団でしないならとおひなまきのまま抱っこ。夜寝る時も、出来るかぎり巻く、深夜におひなまきが外れたらまた巻き直す。といってもぼくが授乳するわけでもなく、スリングも使えるわけではないので、全部妻がやったんだが(すみません)いちばん大変なのが赤ん坊の昼寝で、午前中一時間、午後二時間、おひなまきした赤ん坊をスリングでくくりつけてイスで昼寝というスケジュールを続けること数週間。
ものの一ヵ月とたたないうちに、夜寝るときにまで、おひなまきを巻かせてもらえるようになりました(呆然)。ぼくらがこの5ヵ月間やってきたのは何だったんだ、と呆然とすると同時に、おひなまきの力に呆然。やっぱりおひなまきって凄いなあ。やっぱりこれが赤ん坊には最強のケアなんじゃないだろうか。姿勢を整えることで、自己治癒的に自分の体をほぐすという。おひなまきに巻き続けるうち、赤ん坊の状態はみるみる良くなって、からだもだいぶほわほわになり、ほっぺたもつやつやのピンク、夜もよく寝るし、授乳の間隔も3時間にあき、あろうことか、昼寝までおひなまきに巻いた状態で寝ところまでやってきました。といっても赤ん坊に何か辛いことを強いたわけでなくて、おひなまきしては抱っこのくり返しだから、むしろ快適だったのではと思う。
というわけで。いまでもただおひなまきに巻いておくのは出来ないが、寝るときには巻けるところまで到達しました。こんなことならもっと早くから巻けるだけ巻いてあげていれば良かったなあ。しかし徐々に徐々に状態が良くなってきたから巻けるところまで来たのかもしれないけど。もっと前には赤ん坊にまだ準備ができていなかったかもしれない。ただおひなまきに巻くだけじゃ駄目で(当初はおひなまきにも巻けないからだだった)整体とかケアで体を整えてもらって、やっとここまで来たのかもしれないからなあ。ぼくたちがやってきたことを反省するに、おひなまきに巻くと決めたなら、徹底的に巻かないと意味がない気がする。巻きかけて赤ん坊がいやがるから可哀想と止めたり、でも出来れば巻いときたいと中途半端に巻いたり巻かなかったりするのはあんまり意味がないんじゃないかな。もちろん効果はゼロでないにしても、やるならやるで一気にやってあげた方が、赤ん坊にも負担が少ないように思う。
転機になったのはたぶん6ヵ月を迎える少し前くらいだったと思う。
生後2ヵ月になるくらいからおひなまきにはチャレンジし続けてきたものの、足のピンピンがひどくて、まったく巻くことが出来ず、スリングに入れるときだけギリギリ巻かせてもらっていたがそれ以外はまったくだめで、ひたすら挫折し続けること早5ヵ月。おひなまきに巻けなくてもまったく泣かない良い子ちゃんなら問題ないが、うちの子どもはそんなことはまったくなく、いちばん悪い頃よりは良くなったかなあという程度で、5ヵ月になってもよく泣いていたし、あと一歩だよなあと感じていた当時。ちょうどその頃、助産師さんに首すわりをチェックしてもらう機会があって、首すわりをみてもらうと・・・案の定、うちの子どもは首がすわっていなかった。
それでぼくらもゲッとなった。
発達を急がせる気はまったくなかったが、それでもあと少しで6ヵ月なのに、首がすわってないのはちょっとまずい。それでぼくらは、もう一度本腰を入れて、まんまるにしなければと褌を締め直したのだ。それまでも、まんまるはやっているとはいえ、おひなまきにどうしても巻けていなかったから、達成率は5割くらいだなあという感じで、胸を張って「まんまる育児やっています」とは言えない状況で、だから巻こう巻こうと頑張っていたんだけど、それでもど〜〜〜しても巻けず、若干挫折気味(ダレ気味)だった。しかし、5ヵ月になっても首すわりがまだとなると話はまた違って来て、巻けるなら巻いてあげたいとかそんな悠長なことは言っておれんという感じで、尻に火がついたのだ。
そこであらためて考え直してみると、ぼくらが赤ん坊をおひなまきしようと思っていたのは、その方が赤ん坊がラクだからとか、泣き止むから、赤ん坊が好きな格好だから、とか、つまり、巻く事でなんとか赤ん坊を泣き止ませて、自分たちがラクをしようと思っているからではないか、ということに気づいた。思えばぼくらはおひなまきに巻く事で、赤ん坊を泣かずに布団に降ろせるようになることを期待していた。おひなまきでは泣き止まない、ということを、ぼくらはばかみたいに5ヵ月間繰り返していたわけだ。しかし、小さく見れば巻ける時間はあるわけで、発想の転換、「巻けないなら巻いてあればいいじゃないか」ということで、おひなまきでラクしようという発想は止めにして、ぼくらがひたすらしもべとなって、赤子様におひなまきをして差し上げることにした。
授乳のあいだ、スリングで移動、昼寝もどうせ布団でしないならとおひなまきのまま抱っこ。夜寝る時も、出来るかぎり巻く、深夜におひなまきが外れたらまた巻き直す。といってもぼくが授乳するわけでもなく、スリングも使えるわけではないので、全部妻がやったんだが(すみません)いちばん大変なのが赤ん坊の昼寝で、午前中一時間、午後二時間、おひなまきした赤ん坊をスリングでくくりつけてイスで昼寝というスケジュールを続けること数週間。
ものの一ヵ月とたたないうちに、夜寝るときにまで、おひなまきを巻かせてもらえるようになりました(呆然)。ぼくらがこの5ヵ月間やってきたのは何だったんだ、と呆然とすると同時に、おひなまきの力に呆然。やっぱりおひなまきって凄いなあ。やっぱりこれが赤ん坊には最強のケアなんじゃないだろうか。姿勢を整えることで、自己治癒的に自分の体をほぐすという。おひなまきに巻き続けるうち、赤ん坊の状態はみるみる良くなって、からだもだいぶほわほわになり、ほっぺたもつやつやのピンク、夜もよく寝るし、授乳の間隔も3時間にあき、あろうことか、昼寝までおひなまきに巻いた状態で寝ところまでやってきました。といっても赤ん坊に何か辛いことを強いたわけでなくて、おひなまきしては抱っこのくり返しだから、むしろ快適だったのではと思う。
というわけで。いまでもただおひなまきに巻いておくのは出来ないが、寝るときには巻けるところまで到達しました。こんなことならもっと早くから巻けるだけ巻いてあげていれば良かったなあ。しかし徐々に徐々に状態が良くなってきたから巻けるところまで来たのかもしれないけど。もっと前には赤ん坊にまだ準備ができていなかったかもしれない。ただおひなまきに巻くだけじゃ駄目で(当初はおひなまきにも巻けないからだだった)整体とかケアで体を整えてもらって、やっとここまで来たのかもしれないからなあ。ぼくたちがやってきたことを反省するに、おひなまきに巻くと決めたなら、徹底的に巻かないと意味がない気がする。巻きかけて赤ん坊がいやがるから可哀想と止めたり、でも出来れば巻いときたいと中途半端に巻いたり巻かなかったりするのはあんまり意味がないんじゃないかな。もちろん効果はゼロでないにしても、やるならやるで一気にやってあげた方が、赤ん坊にも負担が少ないように思う。
2015年1月20日火曜日
まんまる育児ことはじめ
ぼくらがまんまる育児を知ったのは本当にひょんなことがきっかけだった。
赤ん坊が生まれて3週間くらいだっただろうか。それまでは布団に置くだけでうつらうつらと寝てくれていた赤ん坊にモロー反射がはじまって、びくっと目を覚ますようになった。モロー反射というのは、驚愕反射とも言って、物音やなんかで赤ん坊の腕がびくっと動く反射のこと。腕の動いた拍子に、うとうとしかけていた赤ん坊が目を覚ましてしまうので、どうにかならんもんかと思っていたら、その頃ちょうどうちに遊びに来ていた妻の兄弟が(ちょうど一歳違いの子どもがいる)、スワドルミーという商品があって、これでくるむと手が動かなくなるので、モロー反射が起きずによく寝てくれるらしいよ、と教えてくれた。ただ、赤ちゃんによるらしいけど、と。
なるほど、と思ったぼくらは、スワドルミーとはどんなものぞ、とその晩さっそくネットで調べてみた。すると、要するにおくるみ(スワドルとはおくるみの意味)なんだけど、手を収納する場所があって、ぱたんぱたんとしまいこむと、コロリと寝てくれる、という代物らしい。きくかきかないかは分からないが、たしかにこれが効いてねてくれるならありがたい。
ただ、ぼくらは一般に便利とされるベビーグッズを買いあさるつもりはなかったのと、インターネットではサイズが分からなかったり(SとかMとかたくさんサイズがあった)、つくりはチャチそうなのに、けっこういい値段がしたので、なんだかわざわざ買う気にはなれなかった。それに、仕組みを見ると単純そうだし(布に赤ちゃんの手をしまう場所がついているだけ)、これなら他のもので代用できるんじゃないの、というのがぼくらの意見だった。
要するにモロー反射が出ないには手が動かなければいいんだから、おくるみでくるめばいいんじゃないかとぼくらは思って、もちろんネット世代のぼくら、早速ネットで「おくるみのくるみ方」を調べる。そこでぼくらが出会ったのが「おひなまき」というくるみ方の方法だった。おひなまきを紹介しているそのサイトで、偶然ぼくらが見かけたのが「まんまる育児」のことで、なんでも、まんまる育児で育てた赤ちゃんは、「泣いているところを見た事がないくらい」ほとんど泣かないのだという。赤ん坊が泣かない育て方。ほほう。そんな素晴らしい育児法があるならぼくらもやってみたい。おもしろそう、というのが、そのときのぼくらの単純な動機だった。
まんまる育児からたどっていって、ほどなく渡部信子さんのブログに行き着き、熟読しているうちに、なんとなくまんまるのやり方は分かったものの、やっぱり体系だって学ばないとよく分からないな、という感じで、まんまる育児の本があるみたいだったので amazon で注文し、ブログと本を参考にしながら、なんとなく手探りで、おひなまきにしてみたり、まんまる寝床をつくってみたり、首枕を当ててみたり、独学であれこれあれこれ、やってみたのだったが。
なんとなくなにかがおかしい、とぼくらが気づきはじめるまで、それほど時間はかからなかった。
赤ん坊が生まれて3週間くらいだっただろうか。それまでは布団に置くだけでうつらうつらと寝てくれていた赤ん坊にモロー反射がはじまって、びくっと目を覚ますようになった。モロー反射というのは、驚愕反射とも言って、物音やなんかで赤ん坊の腕がびくっと動く反射のこと。腕の動いた拍子に、うとうとしかけていた赤ん坊が目を覚ましてしまうので、どうにかならんもんかと思っていたら、その頃ちょうどうちに遊びに来ていた妻の兄弟が(ちょうど一歳違いの子どもがいる)、スワドルミーという商品があって、これでくるむと手が動かなくなるので、モロー反射が起きずによく寝てくれるらしいよ、と教えてくれた。ただ、赤ちゃんによるらしいけど、と。
なるほど、と思ったぼくらは、スワドルミーとはどんなものぞ、とその晩さっそくネットで調べてみた。すると、要するにおくるみ(スワドルとはおくるみの意味)なんだけど、手を収納する場所があって、ぱたんぱたんとしまいこむと、コロリと寝てくれる、という代物らしい。きくかきかないかは分からないが、たしかにこれが効いてねてくれるならありがたい。
ただ、ぼくらは一般に便利とされるベビーグッズを買いあさるつもりはなかったのと、インターネットではサイズが分からなかったり(SとかMとかたくさんサイズがあった)、つくりはチャチそうなのに、けっこういい値段がしたので、なんだかわざわざ買う気にはなれなかった。それに、仕組みを見ると単純そうだし(布に赤ちゃんの手をしまう場所がついているだけ)、これなら他のもので代用できるんじゃないの、というのがぼくらの意見だった。
要するにモロー反射が出ないには手が動かなければいいんだから、おくるみでくるめばいいんじゃないかとぼくらは思って、もちろんネット世代のぼくら、早速ネットで「おくるみのくるみ方」を調べる。そこでぼくらが出会ったのが「おひなまき」というくるみ方の方法だった。おひなまきを紹介しているそのサイトで、偶然ぼくらが見かけたのが「まんまる育児」のことで、なんでも、まんまる育児で育てた赤ちゃんは、「泣いているところを見た事がないくらい」ほとんど泣かないのだという。赤ん坊が泣かない育て方。ほほう。そんな素晴らしい育児法があるならぼくらもやってみたい。おもしろそう、というのが、そのときのぼくらの単純な動機だった。
まんまる育児からたどっていって、ほどなく渡部信子さんのブログに行き着き、熟読しているうちに、なんとなくまんまるのやり方は分かったものの、やっぱり体系だって学ばないとよく分からないな、という感じで、まんまる育児の本があるみたいだったので amazon で注文し、ブログと本を参考にしながら、なんとなく手探りで、おひなまきにしてみたり、まんまる寝床をつくってみたり、首枕を当ててみたり、独学であれこれあれこれ、やってみたのだったが。
なんとなくなにかがおかしい、とぼくらが気づきはじめるまで、それほど時間はかからなかった。
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