赤ん坊が生まれてあれこれ本など読みましたので、おすすめの本など。
しかし育児本というのはなぜどれもこれもこうタイトルが長いのだろうか。いや、一般的に本のタイトルってこんなもんなのかな。うーむ。
主夫おすすめの育児本
http://astore.amazon.co.jp/moineaublanc-22?_encoding=UTF8&node=3
「カリスマ・ナニーが教える赤ちゃんとおかあさんの快眠講座」ジーナ・フォード
ぼくらはこの本の通りにやろうと思って一日で挫折しました(笑)
有名なジーナ・フォードの睡眠本。この通りにやろうと思ったらうまく行かないかもしれないけど、いろいろとヒントになることは多いと思う。
「赤ちゃんにもママにも優しい安眠ガイド」清水悦子
上記の本を日本人に合わせて焼き直したような本。
上記よりスケジュールはゆるいですが、この本も、きっちりこの通りにやるというより、こういう風にすればいいんだな、とおおまかなところを参考にすると役に立ちます。
月齢別の生活スケジュールの一覧が便利。
「赤ちゃんがすぐに泣きやみグッスリ寝てくれる本」渡部信子
ぼくらがまんまる育児に出会うきっかけになった本。
まんまるをはじめたのは「面白そう」というだけの理由だったが、言うは易し行うは難し。
ほぼほぼうまくいかなくてどつぼにはまりましたが、全体としてはまんまるをやってきて良かったかなあと思います。
「べびぃケア」吉田敦子/杉上貴子
ぼくらが実践しているのはまんまるというよりべびぃケアかもしれない。
ちらりと本を読むとなんてことないことが書いてあるように見えて、実は奥深い本。
たくさん載っている赤ちゃんへのケア(遊び/運動)の一覧が便利です。
「フランスの子どもは夜泣きをしない」パメラ・ドラッカーマン
いまのところぼくらのバイブル。こんな子育てがしたいと憧れます。特に日本の保育所/食育は最低レベルだと思う。
和食が世界遺産とか言ってないで、子ども達が添加物にまみれた食べ物を口にしないですむようになればいいなあ。
「健康な子、元気な子に育つ ベビードレナージュ」山田光敏
まだ実践はしていないけど、そろそろやってみようかなと思っている。ベビーマッサージよりもこっちの方が効果があるらしい。
ベビーマッサージは、オイルとかなんだかかんだか面倒くさそうだけど、こっちの方が気軽かつ効果が高いのなら、こっちの方がいいんじゃないかな。
「カリスマ・ナニーが教える1週間でおむつにさよなら!」ジーナ・フォード
まだ先の話だけど、おむつを外す頃になったら参考にしようと思っている本。
とはいえ、上の睡眠本と同じく、これとまったく同じにはいかないだろうから、あれこれ改変を加えつつ、参考にするつもりです。
2015年1月14日水曜日
2014年6月1日日曜日
「フランスの子どもは夜泣きをしない」パメラ・ドラッカーマン
「フランスの子どもは夜泣きをしない」パメラ・ドラッカーマンを読んで、非常に感銘を受ける。これ、いいですよ、ぜひ読んで下さい。
タイトルを見れば分かるとおり、育児にまつわる書き物(エッセイとノンフィクションの中間くらい)であることは確かだけど、日本の薄気味悪い育児書エッセイなんかと違って、フランスと英米(日)の比較文化論としても読める含蓄の深い本である。米国人の著者が英国人の夫とフランスに住み、妊娠出産子育てを体験するというのが話の概要なんだけども、育児マニュアルではまったくないし、育児書というのとも違う、一種のフランス人の子育て哲学みたいなものを解き明かしていくような本で、老若男女問わず読むといい本だと思った。ぼくはフランスの子育て礼讃とかそういうつもりはないけれど、これを読むとなぜフランスの出生率が2.0を超え、日本の出生率がこれほど低いのかを理解する一助になる本である。フランスの子育てを礼讃するつもりはないと言ったそばからなんだが、この本を読むかぎり、個人の意識も含めて社会全体のシステムとしてフランスの方が日本よりもはるかにすぐれた子育て制度を造り上げていると感じる。日本(英米)の子育てにもいいところが、と言いたいのはやまやまだが、この出生率の圧倒的な差を見ても、フランスよりも日本の方が圧倒的に子供を生み育てにくい環境にあるのだと言わざるを得ない。それはごたくでも理屈でも間隔でもなく、まさにデータが証明している。
タイトルにもなっている「フランスの子どもは夜泣きをしない」というのは、「どうせ本の吊り文句だろう」となかば馬鹿にして読み始めてみたのだが、本当にフランスの子どもは夜泣きをしないのである! 早ければ生後2ヵ月を過ぎるころから子どもはひとりですくすくと眠り、夜を過ごすのである! はったりと嘘っぱちのコピー文句ではなく、本当に夜泣きをしないのだ! ではどうやって、と聞きたくなるだろうが、それがこの本の白眉であると思うので、ぼくがここに記すことはしない。要するに生後2ヵ月にならないうちから、子どもが夜寝るようにしつける、ということなのだが、詳しい内容についてはぜひ買って読んで「なるほど」と感銘を受けて下さい。
ぼくはこの本を読むまで、フランスで出生率が高いのは、フランスは日本と違って、子どもを生む女性に「母親」という奇妙なレッテルが貼られず子どもが生まれても一人の人間であり続けられる(日本と違って)社会背景とか、母乳を強制されず、無痛分娩も普通で、結婚していないカップルも普通、ましてや「非嫡出児」のような奇妙な制度もない。そして保育所は日本よりもはるかに充実して、母親はすぐに子どもを預けられる。つまり生まれて来た子どもが子どもとして認められ、なおかつ子どもを生む・持つことに対する精神的・肉体的なハードルが低いことが出生率の高さにつながっているのかなあと漠然と思っていた。だが、この本を読むとそうではないのが分かる。そういう文化的な背景も一助にはあるのかもしれないが、そういう漠然・曖昧模糊とした「空気」のようなものではなく、フランスの子育てにはしっかりとした哲学があり、それを支える社会制度がある。それに比べて、日本の子育てはふわふわとした「空気」があるだけで哲学はない。日本にも昔はもっと確固とした子育て哲学があったはずなのにどこへ行ってしまったんだろうなあ。それだけ日本が英米化を完全に果たしたということなんだろうか。今現在の日本の子育て環境を見ていると、日本古来の文化的な義務とか責任とかの悪いところと英米子育ての悪いところだけがドッキングした最悪の状況を作り出しているように思える。
「出産は苦痛を伴わねばならない(苦痛の少ない分娩法は悪である)」「赤ん坊は母乳で育てねばならない」「子供は四六時中乳を欲しがるものである」「夜間の授乳は当たり前」「子供が夜寝ないのは当然」「子供が欲しがるままに菓子を与えよ」「出産後の生活は子供がすべて中心である」「3年は育児に専念せよ」「母親は24時間365日子供と一緒にいなくてはならない」「子供を預けられる場所はないと思え(特に専業主婦の場合は皆無」「保育所争奪戦を覚悟せよ」「子供の安全は親の責任」「子供が泣いたらその瞬間抱き上げよ」「母親は子供を泣かせてはならない」「母親は子供から片時も離れてはならない」「子供の心を傷つけるといけないのできつく叱ってはならない、菓子を与えよ、おしめを代えよ」
そりゃあこれだけ重荷を押しつけられれば子供なんて生みたくないよなあというのがぼくが末端から見ていても思うことである。ぼくの知っている母親という人たちは(世代的に同世代で子供を持っている人が多い)、専業主婦といわれる立場である人であるほど、子育てにぐったり疲れているし、子育てというのがものすごく大変そうで、どうしてなんだろうなあと不思議に思う。日本でも昔はもっとそこらへんに子供が溢れていたわけで、そんなに子育てなんて特別大変なことじゃなかったはずなのに、いつの間にそうなってしまったんだろう。
要するにフランスの子育てはこんな日本みたいじゃないですよというのがこの本の内容です(当たり前か)。
この本を読んで、ぼくがこれまで漠然と日本の子育てに感じていた「何か間違っているんじゃないか」モヤモヤとした違和感が解消されてずいぶんすっきりした。もしぼくが将来親になったときはフランス流で育てたいと思う。
それから、この本を読んでためになったなあと思うのは、子育ての話を通じて、我が身の生活で「ドキリ」とさせられることが多かったということ。つまり、フランスの子育てでは子供に「我慢すること」を教えるのが何より大切とされるんだけど、そういうくだりを読んでいると、ぼくは自分の欲望をきちんとコントロール出来ているだろうかとドキリとさせられる。「子供の欲望は基本的に際限なく増大していくものなので親にとって一番大切なのはその欲望に制限を設け、欲望をコントロール術を身につけさせてあげること」という部分に、我が身を振り返って反省する。ぼくはまったく欲望をコントロール出来ていないからなあ。欲望のおもむくままに生きている我が身。
あとは、
・きちんと時間をかけて食事をとる
・お菓子作りを通じて「我慢する」ことを学ばせる
・制限は親が設けるがその中では自由
・むやみに我慢だけを強要しない(ガス抜きの時間も設ける)
など、日本の夢のような人間論と違って非常に現実的。
ぼくも我が身の生活で欲望に踊らされたり身につまされることがあればこの本をひもといて反省しようと思います。
2014年5月11日日曜日
高峰秀子本:雑感
今更ながら高峰秀子の本を読み始めた。
妻にすすめられて読んだのだが、ぼくが長年「あの人誰だっけなあ」と思っていたのが高峰秀子だったことが判明して、「やっぱり」というか「まあそんな人たくさんはいないわな」というか、長年の疑問がようやく腑に落ちた。
ずいぶん前のことになるけれど、たしか新潮社のとんぼの本をぺらぺらめくっていたときに、
1、かつて女優をしていた人で
2、東京で骨董屋をやっていて
3、オークションで欲しいものはいかに高額でもサッと手を挙げて買い、
4、旦那から「あれは母ちゃんの道楽だから」と言われ、
5、客は逆に彼女から透徹な目で値踏みされるのである
というような記事を読んだ記憶があって、近くにその女優の献立本みたいなものもあり、まあ、最近の世の事情からいえば、軽くネットでキーワードをパチパチと打ち込めばすぐにその女優の名前もわかったのだろうが、(あるいはとんぼの本のコーナーに行って同じ本を探せば)とりたててそういうこともせず、そこからまわりまわってようやく「そうかぼくが見ていたのは高峰秀子だったのか」と知るにいたったのである。「たしか名前に杉のつく女優…」とか勝手に思っていたので、どこかで杉村春子と混同していたのかもしれないが、骨董屋、献立のキーワードと結びつくのは、高峰秀子でいいと思う。
いまにして思うとぼくが当時見たとんぼの本は(というかいまも出ているだろうけど)高峰秀子の養女という人が書いた記事だったんだろうなあ。当たり前のことであるが、本人の目から書いた記事とまわりから見た記事はかなり印象が違い、養女という人の書いたものはとかく「高峰秀子礼讃」の気があるが、やっぱりぼくは本人が書いたもののほうが好きだ。人が自分の肉親を礼讃するのは(もちろんそれに足るすごい人だったのだろうとは思うが)なんとなく読んでいて面映ゆいというか、おくゆかしくない気がするものである。
ぼくが読んだ高峰秀子さんの本は「わたしの渡世日記」と「食卓のオーケストラ」であるが、どことなく口調がべらんめえなのが面白い。自分で読んでいて思うが、林弘子さんといい、ぼくはこういう「ど根性姉ちゃん」みたいな女の人が好きなんだろうなあと思う。思い立ったらこれといってつっこむような、職人気質というか、勇ましいというか、きっぷのいい女の人が。ぼくの妻もそうなんだろうかと思うとちょっと怖い。
読んでいてはしばしから思ったが、高峰秀子という人はずいぶん賢い人だったんだろうなあと思った。はしばしに掲載された写真を見ても思うが、目力があるというが、顔を見ただけで「賢そう」という感じがする。賢いというのは、さかしらとか、勉強ができるとか、そういうのとは違う賢いである。
数々の超一流の文化人に愛されたというのもさもありなん、と思う。女優さんだから写真はたおやかな笑顔を浮かべてはいるが、目が笑っていないというか、この目でぎらりとやられたら「ぜんぶ見透かされてるんじゃないか」とだれしも思ったことだろう。
彼女にまつわる随筆や関連書籍も多いようなのでとうぶん読んでみようと思う。
妻にすすめられて読んだのだが、ぼくが長年「あの人誰だっけなあ」と思っていたのが高峰秀子だったことが判明して、「やっぱり」というか「まあそんな人たくさんはいないわな」というか、長年の疑問がようやく腑に落ちた。
ずいぶん前のことになるけれど、たしか新潮社のとんぼの本をぺらぺらめくっていたときに、
1、かつて女優をしていた人で
2、東京で骨董屋をやっていて
3、オークションで欲しいものはいかに高額でもサッと手を挙げて買い、
4、旦那から「あれは母ちゃんの道楽だから」と言われ、
5、客は逆に彼女から透徹な目で値踏みされるのである
というような記事を読んだ記憶があって、近くにその女優の献立本みたいなものもあり、まあ、最近の世の事情からいえば、軽くネットでキーワードをパチパチと打ち込めばすぐにその女優の名前もわかったのだろうが、(あるいはとんぼの本のコーナーに行って同じ本を探せば)とりたててそういうこともせず、そこからまわりまわってようやく「そうかぼくが見ていたのは高峰秀子だったのか」と知るにいたったのである。「たしか名前に杉のつく女優…」とか勝手に思っていたので、どこかで杉村春子と混同していたのかもしれないが、骨董屋、献立のキーワードと結びつくのは、高峰秀子でいいと思う。
いまにして思うとぼくが当時見たとんぼの本は(というかいまも出ているだろうけど)高峰秀子の養女という人が書いた記事だったんだろうなあ。当たり前のことであるが、本人の目から書いた記事とまわりから見た記事はかなり印象が違い、養女という人の書いたものはとかく「高峰秀子礼讃」の気があるが、やっぱりぼくは本人が書いたもののほうが好きだ。人が自分の肉親を礼讃するのは(もちろんそれに足るすごい人だったのだろうとは思うが)なんとなく読んでいて面映ゆいというか、おくゆかしくない気がするものである。
ぼくが読んだ高峰秀子さんの本は「わたしの渡世日記」と「食卓のオーケストラ」であるが、どことなく口調がべらんめえなのが面白い。自分で読んでいて思うが、林弘子さんといい、ぼくはこういう「ど根性姉ちゃん」みたいな女の人が好きなんだろうなあと思う。思い立ったらこれといってつっこむような、職人気質というか、勇ましいというか、きっぷのいい女の人が。ぼくの妻もそうなんだろうかと思うとちょっと怖い。
読んでいてはしばしから思ったが、高峰秀子という人はずいぶん賢い人だったんだろうなあと思った。はしばしに掲載された写真を見ても思うが、目力があるというが、顔を見ただけで「賢そう」という感じがする。賢いというのは、さかしらとか、勉強ができるとか、そういうのとは違う賢いである。
数々の超一流の文化人に愛されたというのもさもありなん、と思う。女優さんだから写真はたおやかな笑顔を浮かべてはいるが、目が笑っていないというか、この目でぎらりとやられたら「ぜんぶ見透かされてるんじゃないか」とだれしも思ったことだろう。
彼女にまつわる随筆や関連書籍も多いようなのでとうぶん読んでみようと思う。
2014年4月3日木曜日
「白湯毒だし健康法」蓮村誠
「白湯毒だし健康法」という本を読みました。
毎日白湯を飲んでるとかではないんですが、お茶を飲み疲れたな、とか、今日は白湯を飲みたいな、というときに飲んでいます。
白湯の沸かし方にいろいろお作法があって、基本的な考えをインドの「アーユルヴェーダ」に基づいて白湯を作るんだけど、まあ、その辺はぼくは詳しくないから省略。アーユルヴェーダの考え方が正しいのかどうかとかはぼくには分からないけれど、実際、適当に作った白湯よりも、作法に則って作った白湯の方がうまいと感じるから不思議だ。
基本的な作り方はさほど難しいものではなくて、
1、くみたての水道水を(ミネラルウォーターなどではなく)
2、ガスコンロで(IHではなく火で)
3、換気扇を強にかけて
4、強火で沸騰、グラグラ煮えかえった状態を10〜15分キープ
5、自然に冷めるのを待つ
というもの。基本的にはなるべく空気をたくさん含んだ水を作るということなんだと思う。白湯の温度も人によって最適な温度は違い、基本的にはその人が飲んで美味しいと思う温度まで冷ませばいいようだ。
その白湯を起き抜けに一杯飲むとお通じが良くなりますよ、ということなんだけど、実際に良くなります。ぼくは別に便秘だとかそういうことはないんだが、起き抜けに白湯を飲むとたしかに便通が良くなる。単に温かいものでもなくお茶でもなく冷水でもなく白湯を飲むと便通が良くなるというのが不思議だなあと思う。普通だと朝食後だったりするんだろうが、調子が良いと白湯を飲んでその後とか、朝トイレに行きたくて目が覚めたりしますよ。
アーユルヴェーダの考え方とか飲み方の詳しいお作法なんかはこの本に譲るとして、起き抜けの一杯の白湯はなかなかいいもんです。
毎日白湯を飲んでるとかではないんですが、お茶を飲み疲れたな、とか、今日は白湯を飲みたいな、というときに飲んでいます。
白湯の沸かし方にいろいろお作法があって、基本的な考えをインドの「アーユルヴェーダ」に基づいて白湯を作るんだけど、まあ、その辺はぼくは詳しくないから省略。アーユルヴェーダの考え方が正しいのかどうかとかはぼくには分からないけれど、実際、適当に作った白湯よりも、作法に則って作った白湯の方がうまいと感じるから不思議だ。
基本的な作り方はさほど難しいものではなくて、
1、くみたての水道水を(ミネラルウォーターなどではなく)
2、ガスコンロで(IHではなく火で)
3、換気扇を強にかけて
4、強火で沸騰、グラグラ煮えかえった状態を10〜15分キープ
5、自然に冷めるのを待つ
というもの。基本的にはなるべく空気をたくさん含んだ水を作るということなんだと思う。白湯の温度も人によって最適な温度は違い、基本的にはその人が飲んで美味しいと思う温度まで冷ませばいいようだ。
その白湯を起き抜けに一杯飲むとお通じが良くなりますよ、ということなんだけど、実際に良くなります。ぼくは別に便秘だとかそういうことはないんだが、起き抜けに白湯を飲むとたしかに便通が良くなる。単に温かいものでもなくお茶でもなく冷水でもなく白湯を飲むと便通が良くなるというのが不思議だなあと思う。普通だと朝食後だったりするんだろうが、調子が良いと白湯を飲んでその後とか、朝トイレに行きたくて目が覚めたりしますよ。
アーユルヴェーダの考え方とか飲み方の詳しいお作法なんかはこの本に譲るとして、起き抜けの一杯の白湯はなかなかいいもんです。
2014年4月2日水曜日
「小さいものと豊かに暮らす」ドミニック・ローホー
ザ・シンプル生活のドミニック・ローホーさん。以前の著作も手に取ったことがあって、「しかしこの人の言うシンプル生活を具体的に実践するとどうなるんだろうなあ」と思っていたが、この本を読むと具体的な方法がよく分かる。持ち物のすべてをグラム単位で測る徹底ぶり。ぼくはそこまでストイックじゃないけど、持ち物の重量をひとつひとつ測るのは、アウトドアの世界ではそんなに珍しいことじゃなくて、やってる人もいるみたいだ。ぼくはそこまでやってないけど。「シンプルライフ」を職業としている人だけあって、「おお」というアイデアも多く、目からウロコだったのが「釣りジャン」をエマージェンシーウェアに使うというもの。緊急事態に釣りジャン。ちょっとぼくは着る勇気が出ないが、まあ、緊急時に格好のことなど気にしてはいけないということなのだろう。それ以外にもぼくはここまでストイックに追求するつもりはないが、いろいろ参考になることはあります。ちなみにエマージェンシーグッズの一覧。行政に指導される「緊急時非常持出袋」よりはこっちの方がよほどためになるかも。しかしエマージェンシーグッズって、防寒をどこまで気にするかは季節によるよね。真夏なんかだったら逆に暑さ対策が必要になる気がする。
☆防災カード
☆当座の現金と身分証明書
☆印鑑と重要書類のコピー
☆飲料水500ccと非常食少々
☆歯磨きセットと洗顔パウダー
☆ウェットティッシュ
☆ワセリンのミニチューブ
☆くし、耳かき、爪きり、やすり
☆小さな鏡
☆常備薬数個
☆下着2枚と暖かい靴下
☆手ぬぐい
☆薄手のスカーフ
☆150g以下のフードつきの服
☆黒のポリ袋
☆新聞紙数枚
☆携帯用ラジオ
☆ペンつきミニ手帖
☆豆ライト、笛、ミニ・スイスナイフ
以上。
でも、結局非常時って、あれこれ気を配って用意するより、
○水
○金
○食い物
が結局のところ大事なんだろうなあと思う。
ミもフタもなく、いちばん大切なのは携帯だろうし、電気が落ちたときに携帯を充電出来るようなものがあればそれだけでいいのかもしれない。車のシガーソケットとか。東北の震災を経験した知人に聞くと、いちばん役に立ったのはいつも満タンにしていた車のガソリンだったというのが切ない。
2014年3月4日火曜日
好きな料理本とか「高山なおみさんののんびり作る おいしい料理」
「高山なおみさんののんびり作る おいしい料理」を読んで「ウォーいい本だなー」と感動した。高山なおみさんの本(レシピ)はこれまでに読んだことがあって、どういう料理を作る人なのかは知っていたけど、いままで読んだなかでこの本がいちばん好きだった。存在は知っていたからもっと早く手にとっておけばよかった。やっぱり、作家でも料理人でもそうだと思うけど、初期の作品というのがその人のエッセンスが詰まっていていちばんよいものかもしれない。あとの作品というのは、洗練はされてくるのかもしれないけど、中身がうすまってくる。アノニマスタジオから出ている本はおしゃれかもしれないけど、ぼくはあんまり好きじゃないなあ。この本の方が流れている時間がゆっくりしている気がして、こういう言い方はあんまり好きじゃないが、読んでいて気持ちがほっこりした。はしばしに書かれたエッセイも秀逸。おかしな言い方だけど、料理人の抽斗というのもある程度数が決まっているから、最近の著作はどうも同じネタの使い回しという感じがいなめないけど、この本はウブ出しという感じがする。ほんとは2002年の本だからうぶだしじゃないのかもしれないけど。あとは、雑誌の連載というのもいいのかもしれないなあと思う。ぼくは書き下ろしよりも何かの連載の方が好きな気がする。書き下ろしはどうしても書いている方がダレてくるというか、中だるみする。それよりも読み切りの方が、書く方も集中している分、密度も濃い。その本を作るためにかけた絶対的な時間の量は、絶対的に重要なものなんだろうと思う。
2014年3月3日月曜日
ハマりもの:林弘子さんの本とブログ
なぜかいま林弘子さんにハマっている。いや、ハマっているというか、ブログ読んでるだけなんだけど。本を買えばいいんだろうが、ちょうどぼくの読みたい本が絶版で手に入らないので、どうしようか迷っているところ(アマゾンで古本なら売っている)。図書館に行けば読めるんだろうが、ちょうどいま図書館に行けないんだよなあ。林弘子(はやし・ひろこ)さんは料理人なんだけど、「あぶれもののすきま産業料理を実践する肉体派料理人。」を自称する人。製パン・製菓業に従事していた人で、パン・お菓子もだけど、発酵ものにめっぽう強くて、味噌なんてもちろんのこと、ほぼあらゆる調味料を自分で仕込み、はてはみりんどぶろくまで、米麹を作るところから自分でやってしまうすごい人だ。いまちまたで流行(?)の地粉・天然酵母の先駆けでもある人で、当時から天然酵母のパンだなんてオシャレじゃあありませんか。ただ、知名度が高くないのは、行き着くところまで行き着いたすごい人である分、マニアックというか、とりつきにくいというか、「ブログで簡単お手軽レシピ」みたいなのとは対極にいる人なので、一般受けはしなかったんだろうなあと思う。著作も写真いっぱい、オシャレみたいな感じではなく、文字だけの(!)レシピ本だったりするので、印象は地味なんだけど、いぶし銀の魅力というか、コアなファンは多いだろうなあと思う。レシピはシンプルなんだけど、たとえば自分でがっつりじっくり美味しい調味料を作ったら、あとの料理はちゃちゃっとお手軽でいいですよ、というコンセプト。だから、カレーペーストとか、玉葱を炒めるのに4時間かけるかわりに、普段の料理はあわせるだけ10分とかそんな感じ。働いている人こそそれをやれとかいうつもりはないけれど(そんなこと義務だったら休日まで労働になてしまう)一本筋のとおったスマートな考え方であるのは間違いないよなあと思う。金がなくても美味い物を食べたかったら素材にはお金をかけてあとは自分の手を動かすということ。
ぼくが林弘子さんを知ったのは、発酵ものについて調べていたときで、「秘伝・自然発酵種のパンづくり」という本に興味を持ったからだった。自然発酵種というのは、小麦と水から酵母を起こすやり方なんだけど、この本2002年初版なんだけど絶版なんだよね。復刊求ム晶文社。どこかで手に入らないかなあと調べていたときに、ふと林弘子さん本人のブログに行き当たったんだけど、ふとブログを読んでびっくりした。2010年になくなられているじゃないか! そんなに年の方じゃないと思ってたんだけど、50ちょっとで亡くなられてるから若いよなあ。2010年7月25日に亡くなられているんだけど、7月に入ってもつづられているブログが生々しくて、読んでいるとつらい気持ちになる。あるじの亡くなったブログというのはこういう感じなんだなあ。直前まで入院されている様子はないから、頭痛とか視野狭窄とかそういう症状から邪推すると、くも膜下出血とか、そういう感じだったんだろうか。この人はもう亡くなっているんだよなあと思いながらブログを読むのは切ない気持ちがするけども、どうも気になるというか、暇さえあればセッセと記事をたどって読んでいる。もしかして暇なんだろうか、オレ。あれこれ能書きは抜きにして、人柄のしのばれるおもしろい読み物であることは変わりないです、これ。とかあれこれ言ってたらやっぱり読みたくなってきた、絶版本。新刊なら印税が(娘さんに)入るからいいけど、古本じゃなあとか思ってたけど、古本でも手に入れようかな。
著作あれこれ・順不同
ぼくが読みたいと思っている絶版本
「秘伝 自然発酵種のパンづくり」
「秘伝 発酵食づくり」
「小さな酵母パン教室へようこそ」
手に入る新刊本
「スローな手づくり調味料」
「水と小麦だけのパン種でつくる酵母パン」
「酵母でつくる焼き菓子レシピ」
「国産小麦のお菓子とパン」
「穀物をもっと楽しもう」
「野菜たっぷり旬のお菓子」
「果物たっぷり旬のお菓子」
「梅づくし」
「和・発酵食づくり」
ぼくが林弘子さんを知ったのは、発酵ものについて調べていたときで、「秘伝・自然発酵種のパンづくり」という本に興味を持ったからだった。自然発酵種というのは、小麦と水から酵母を起こすやり方なんだけど、この本2002年初版なんだけど絶版なんだよね。復刊求ム晶文社。どこかで手に入らないかなあと調べていたときに、ふと林弘子さん本人のブログに行き当たったんだけど、ふとブログを読んでびっくりした。2010年になくなられているじゃないか! そんなに年の方じゃないと思ってたんだけど、50ちょっとで亡くなられてるから若いよなあ。2010年7月25日に亡くなられているんだけど、7月に入ってもつづられているブログが生々しくて、読んでいるとつらい気持ちになる。あるじの亡くなったブログというのはこういう感じなんだなあ。直前まで入院されている様子はないから、頭痛とか視野狭窄とかそういう症状から邪推すると、くも膜下出血とか、そういう感じだったんだろうか。この人はもう亡くなっているんだよなあと思いながらブログを読むのは切ない気持ちがするけども、どうも気になるというか、暇さえあればセッセと記事をたどって読んでいる。もしかして暇なんだろうか、オレ。あれこれ能書きは抜きにして、人柄のしのばれるおもしろい読み物であることは変わりないです、これ。とかあれこれ言ってたらやっぱり読みたくなってきた、絶版本。新刊なら印税が(娘さんに)入るからいいけど、古本じゃなあとか思ってたけど、古本でも手に入れようかな。
著作あれこれ・順不同
ぼくが読みたいと思っている絶版本
「秘伝 自然発酵種のパンづくり」
「秘伝 発酵食づくり」
「小さな酵母パン教室へようこそ」
手に入る新刊本
「スローな手づくり調味料」
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「酵母でつくる焼き菓子レシピ」
「国産小麦のお菓子とパン」
「穀物をもっと楽しもう」
「野菜たっぷり旬のお菓子」
「果物たっぷり旬のお菓子」
「梅づくし」
「和・発酵食づくり」
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