以前感想を書いたこの本、「フランス人の子供は夜泣きをしない」
この本を読んだのは子供が生まれる前だったんだけど、今日ふと読み返して、ううむと思うことが多々あったので、再度感想を書いておきたい。
この本を読んで妻とともども、「子供が生まれたらフランス流の子育てをしたい」と堅く心に誓っていたはずのぼくたちだったけど、実際に子供が生まれてみたら、あっという間に悪しき日本式の子育てに陥ってしまっていたんだなあと、この本を読み直してつくづく反省をした。どういうことかというと、
・子供が泣いた瞬間にサッと抱っこして泣き止ませようとする
・父母がかたときも子供から目を離さずに神経を尖らせている
・寝室が別だなんてもってのほか
・赤ん坊を一人で寝かせるのは心にトラウマを生じさせる
・赤ん坊は無力なか弱い何も出来ない存在である
・赤ん坊を少しでも泣かせるのは可哀想だ
・夫婦のことはさておき子供中心の生活を送る
・母親は子供にすべてを捧げた献身的な生活を送らざるを得ない
・夜中の授乳で2時間おきに起きるのは当然である
などなど。
こういうことはすべて「日本式」の子育てで、ぼくらはフランス式の子育てをしようと心に誓っていたはずなのになあ、とふと何気なくこの本を読み直して反省した。
まあ、日本式の子育てになってしまったのは、それなりの事情がないわけではにんだけど(フランスでは粉ミルクが一般的だが、ぼくらのところは母乳と粉ミルクの混合栄養)、やっぱりそれは間違っていたのではないか、とはたと思う。
なぜ「フランス式」を目指していたはずのぼくらが「日本式」になってしまったかというと、もちろんそれはぼくらが日本に住んでいるからで、
・子供を産んだ産院でのすりこみ
からはじまって、
・「子供は泣かせてはいけない」というすりこみ
・助産師のこころあたたまる(しかし余計な)指導
・ぼくの父母や妻の母のこころあたたまる(しかし余計な)アドバイス
・世間一般の風評「子供を泣かせるのは近所迷惑である」
などなど、そうならないようにしていたはずなのに、ぼくらはあっというまに日本式子育てのどつぼにはまり込んでいた。
どういうことかというとつまり、「子供が泣いたときに5分待つ」ことが、ぼくらはまったく出来なかったのだ。
子供が泣いた瞬間、ぼくも妻も走って子供のもとにかけつけ、一気に子供を抱っこしたし、それどころか、子供が泣く前からあれこれあれこれ世話をやいては、なんとか泣き出さないようにクックッやって、「なんて子育ては大変なのだ」と疲れ切っていたわけだ。ぼくらは子供にすべてをなげうった献身的な父母(=つまりきわめて日本的な父母)であり、そして「どうしてこれだけやっているのに我が子はこんなに泣くのだ」となかば腹を立てていた。
しかし、最近ふと気づいたのだが、うちの子供がこれだけ泣くのは、ぼくらが余計なことをやりすぎているからではないか、と思うようになった。どういうことかというと、「子供のことを心配して」寝ているところを見に行くと、逆に子供を起こしたし、子供が泣いた瞬間に抱っこするのは、子供が自分で落ち着く力を奪ってしまっていたし、寝かしつけようとあれこれあれこれすればするほど、子供はぱっちり目を開いたし、ぼくらは献身的な父母であればあるほど、子供を泣かせているのではないか、と思ったのだ。つまり、ぼくらは余計なことをしすぎて、自分たちの首を絞めているのではないかと。
と、そんなことに遅まきながらうすうす感じていたこともあり、この本を再読したのをきっかけに、おそるおそる「寝かしつけ」というものを止め、子供を一人でベッドに置いてみたのだけど――ひとりで寝ました、20分ほど泣いたあとに。
これまでぼくらは何をやっていたのかとずっこけました。
もちろん、今日は20分でひとりで寝たけど、明日は1時間泣くかもしれないし、そういうときには手助けが必要なんだけど、ぼくらはいつしか盲目的に「赤ん坊を泣かせてはなるまい」と思うあまり、余計に赤ん坊を泣かせ、自分たちの首を締めていたのかもしれないなあ、とこの本を読んで、再度目からウロコが落ちました。ぼくたちは赤ん坊を泣かせてはいけないと思っているけど、必ずしもそうではないのかもしれないなあ。もちろん「泣くのは赤ん坊の仕事」だとはまったく思わないが、赤ん坊が泣いているとき、これは親の手助けが必要なのか、そうでないのかを見極める目は必要なのだなあと思った。そして、そのためにもっとも必要なのは、赤ん坊を、親の助けがないと何も出来ない弱い存在だと思わずに、赤ん坊を信じてあげることなのだと。
しかし、これまでのことを振り返って、ぼくらが自分たちの首を絞めていたのは、日本の住宅事情も関係するのかもしれないなあと思う。ぼくらは日本特有の狭いマンション住まいで、ぼくも妻も、二人だけだったら、赤ん坊が泣いてもそんなに気にならなかったと思うのだけど、マンション住まいなもので、赤ん坊が泣くと「近所迷惑ではないか」とつい、一秒でも早く泣き止ませようと、意識的/無意識的に行動してしまっていた。特に夜間は、何が何でも泣かせるまいと、ぼくも妻も行動していた。フランスでは、赤ん坊が泣いたときに5分、10分様子を見るのが一般的らしいけど、その行動は日本では「許されない事」とうつるような気がする。自分が子供を持つようになって思うけど。赤ん坊が10分でも泣こうものなら「迷惑だ」と思うのではないだろうか? だからつまりぼくが何を言いたいかというと、「日本のみなさん、赤ん坊は泣く事が仕事とは言いませんが、赤ん坊は泣く事がコミュニケーションです。赤ん坊は泣くことによって自分の可能性を広げているのです。だから、夜遅くご近所迷惑かもしれませんが、5分、10分、赤ん坊が泣き続けることを、広い心で見守って下さい。そうすることによって夜泣きも減り、逆に泣く時間は少なくなっていくのですから。」と。